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[スタッフレポート] 二度家を失った川辺さん ― 「新たな人生を踏み出したい」

名古屋市を流れる庄内川。その周辺で暮らす川辺さん(仮名-60歳)は、これまでの人生で幾度も大きな困難に直面してきました。

東日本大震災による被災。
住まいと仕事の喪失。
病気による身体機能の低下。
そして長く続いた社会的孤立。

それでも川辺さんは、新たな一歩を踏み出そうとしています。

東日本大震災ですべてを失う

川辺さんは岩手県出身。大工や漁業の仕事をしながら生計を立てていました。
しかし2011年の東日本大震災によって、それまで築いてきた生活は大きく変わりました。津波によって家も船も流され、長年かけて築き上げた生活が一瞬にして失われたのです。

震災後、以前仕事で訪れたことがある名古屋へ移りましたが、生活を立て直すことは容易ではありません。さまざまな事情が重なり、やがて庄内川周辺で生活するようになりました。

「誰も何も信じられない」

そんな川辺さんが出会ったのが、長年、庄内川周辺で支援に取り組んできたトラビス氏でした。定期的に現地を訪れ、食料や日用品を届けるだけでなく、一人ひとりの話に耳を傾け続けています。
当初、「誰も、何も信じらない」と、川辺さんは心を開くことはなく、自らの人生について多くを語ることはありませんでした。しかし、トラビス氏は訪問を諦めず、毎月のように訪れては川辺さんと話し続けました。

生活困窮支援(名古屋)

それから数年、川辺さんの心に変化が起き始めます。
いつもと同じようにトラビス氏が訪問する中、堰を切ったように涙を流す川辺さん。これまで当たり前に信じてきたものを見直し、自分自身の人生を振り返り始めました。

再び訪れた喪失

しかし、そのような中、再び困難が襲います。
大雨による庄内川の増水によって、川辺さんが長く生活していた場所が被害を受けたのです。
東日本大震災に続く、二度目の大きな喪失―――
深い喪失感の中で、川辺さんは再び立ち上がる力を失いかけました。

病気との闘い-首の手術

さらに2025年秋頃から、首の神経の圧迫による症状が現れ始めます。
右半身に麻痺が生じ、歩行も困難な状態になったのです。

首の手術
クリスマスに病院を訪問

様々な困難がありながらも、2025年12月には首の手術を受けることができ、回復への道を歩み始めました。
そしてクリスマス―――トラビス氏とOBJスタッフが病院を訪問した際、川辺さんは言いました。
「退院したら、新たな人生を踏み出したい」

庄内川で続く交流の場

OBJでは2025年夏から、トラビス氏と協力しながら庄内川周辺で定期的な訪問活動や交流の場づくりを行っています。

食事を分かち合いながら近況を語り合う。
困りごとについて相談する。
人生について語り合う。

交流の場

孤立しがちな人々が安心して集まれる場所をつくることも、この活動の大切な目的の一つです。
川辺さんも継続的に参加し、多くの人とのつながりを築いていきました。

新たな一歩

2026年5月-川辺さんは庄内川で洗礼を受けました。長年の迷いや葛藤を経て、川辺さん自身が選択した決断でした。

東日本大震災で家と船を失った水
庄内川の洪水で生活を失った水
その同じ水の中で、川辺さんは新しい人生のスタートを切りました。

新たな人生の一歩

震災による被災や生活基盤の喪失、病気との闘い。
さまざまな困難を経験しながらも、多くの人とのつながりの中で、川辺さんは人生を見つめ直す機会を得ていきました。
洗礼は、その歩みの中で迎えた一つの節目でもあります。

新たなスタート地点となった庄内川は、川辺さんにとって単なる場所ではありません。
苦しみ、喪失、絶望、そして希望がきざまれた場所となったのです。

これから

現在も川辺さんには住まいや健康面など、さまざまな課題があります。
しかし以前と違うのは、川辺さんが一人ではないということ。
OBJとトラビス氏は、住居確保や生活再建に向けた支援を続けています。


生活困窮状態にある方々の中には、公的支援だけでは十分につながることが難しく、孤立を深めてしまう方も少なくありません。
だからこそ私たちは、物質的な支援だけでなく、一人ひとりに寄り添い続けることを大切に活動を続けていきます。

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