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女川町「きぼうのかね商店街」で

2015年8月25日(火)宮城県女川町にある「きぼうのかね商店街」

女川町「きぼうのかね商店街」で

「きぼうのかね商店街」はがれきの中から見つかった「希望の鐘」をシンボルとして
震災被害を受けた女川町の商店と町のみなさんの復興のための商店街。

ここで一軒のお茶屋さんを営むご主人から3月11日の大震災と津波について
お話を伺うことができました。

女川町「きぼうのかね商店街」で

お茶屋は自宅兼店舗になっていて、女川町の医療センターがある高台の入り口に位置しています。
2011年3月11日のその日、お店にはご主人と奥さん、そして幼いお孫さんがいました。

経験したことのない大きな揺れを感じたあと
ご主人は奥さんとお孫さんを高台の医療センターに避難させたあと
自身はお店に戻りました。

高台からは建物や車が次々と壊され流れる様子を奥さんは目にしました。
ご主人がまだ中にいるはずのお店の屋根が ふわっと浮かび、その屋根の上にご主人の姿を見つけます。
お孫さんを抱いていた奥さんにはなす術がなく、「助けて~」と叫ぶしかありませんでした。

一波でお店は女川町の高台の足元まで押し流され、続いた強烈な引波ですべてが沿岸に引き戻され始めました。
ご主人は屋根の上で 死を覚悟し、高台で叫んでいる奥さんに向かい笑顔で手を振り続けたのです。

それは、奥さんの記憶に恐怖の表情が残るより笑顔の自分を彼女のために残したかった
という深い愛に根差した行動でした。

その後、ご主人は屋根から無人の船に飛び乗り、漂流していたところを船に救助され
翌日には奥さんとお孫さんの元に戻れたのです。

女川町「きぼうのかね商店街」で

ご主人は、こうしていられることが奇跡。いろんな人たちに助けてもらって
こうしてお店をださせてもらっています。と話しました。

「きぼうのかね商店街」は2017年春には閉鎖予定です。
仮設店舗で町の生活を支える商店街の人々
また仮設住宅に住みながら海とともに生きると決めた人々
それぞれが前を向いて1歩ずつ進まなければなりません。

震災から間もなく4年半です。
OBJは頑張り続けている方々を支援し続けます。

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