1. HOME
  2. Activity Reports
  3. 【ウクライナ危機】子どもから高齢者まですべてのひとに祝福を

【ウクライナ危機】子どもから高齢者まですべてのひとに祝福を

戦時中特に被害を受けるのは、往々にして高齢者と幼い子どもたちです。
ウクライナ難民の過酷な状況が続いているなか、支援者の皆様のおかげで、あらゆる年齢のウクライナ人に希望の灯を燈すことができています。
オペレーション・ブレッシングでは何台ものセミトラックに生活物資を積み、国内で今も避難生活を送る人々を支援し、国境付近やポーランドに逃れてきた難民にも必要な支援を届けてきました。
体力のある男性は祖国を守るために国に残っており、国外を脱出した人の多くが女性や子ども、高齢者です。その中で、最も助けを必要とする人々にオペレーション・ブレッシングは支援の手を伸ばし続けています。

第二次世界大戦の生存者、二度目の逃亡を迫られ


ハルキフから避難してきたラダさん(88歳女性)。息子で自身も障害を持つドミトロさんは、母親が経験した悲劇を次のように話してくれました。
「彼女が7歳のとき、ナチス軍の攻撃によって故郷から出ることを余儀なくされました。そして今回のロシア軍の攻撃で、また同じ苦難を強いられたのです。母親が寝たきり状態のため、危険を感じつつももハルキフから離れる決心がつきませんでした。」
しかし1ヵ月もすると砲撃はさらに激化。64歳のドミトロさんは、脚の痛みをこらえながら母親を担いでなんとか外の車まで引きずって乗せ、国境へ逃れることができました。

ポーランドの安全な場所に着いた時に待っていたのが、オペレーション・ブレッシングのチームでした。
「オペレーション・ブレッシングのチームに心から感謝します。彼らは私たちを歓迎し、おいしい食事と暖かい場所を与えてくれました。」
私たちは彼らがぐっする眠れるよう安全な場所を提供し、ふたりは一晩体を休めたその後、親戚のいるドイツへ向けて旅立ちました。

悪夢のような旅を終えた子どもたちに、喜びのひとときを

皆様のご協力により、妊娠中の母親や乳幼児を含む数え切れないほどの女性や子どもたちを支援することができました。国境付近では、母子が食事をし、休息をとって心身の疲れを回復するためのスペースを設置しています。
エレナという母親は、クセニアとティムールという2人の子どもを連れていました。エレナは避難の道中を次のように振り返ります。
「ケルソンからニコラエフまでは、通常40分ほどで着くのですが、運転手が危険でない道を探してくれて、12時間かかりました。道中で見たものは本当にひどかったです。燃やされた車や、道路沿いにはたくさんの人が死んでいました。」

何日も、あるいは何週間も爆撃におびえ危険な移動に耐えてきた子どもたち。オペレーション・ブレッシングが提供する休憩所で過ごす彼らは笑顔に溢れ、失われた時間を取り戻すかのように、無邪気に友だちやスタッフと触れ合っています。
不安は残っていますが、支援者の皆様が彼らを元気づけ、新たな希望を与え、あらゆる年齢のウクライナ難民に祝福を与え続けているのです。


アレナという女の子は、私たちが設置した休憩場所についてうれしそうに話してくれました。
「友達もできて、ホットチョコレートもフライドポテトも全部無料なの。最高よ!」

まだ多くのことが不確かななかですが、次の目的地に向かう家族をバスで見送るとき、彼らの心は愛と優しさで満たされていました。オペレーション・ブレッシングは現地にとどまり、ウクライナの人々を可能な限り長く支援することに尽力していきます。
大きく人生を狂わされながらも、希望を持って前に進み続ける人々のため、現地で人道支援活動を続けているオペレーション・ブレッシングチーム、その他各団体の人々の働きのためにも引き続きお祈りください。

現地に平和的解決がもたらされ、ウクライナ市民の尊い命が守られるよう共に祈りましょう。

▼現地レポートもご覧ください
YouTube:https://www.youtube.com/c/objapan
Facebook:https://www.facebook.com/operationblessingjp
Twitter:https://twitter.com/OperationBlessJ


Operation Blessing緊急支援寄付受付はこちら


関連記事