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震災を語り継ぐ-気仙沼トラウマの中の成長-

2016.10.14 宮城県気仙沼市

オペレーション・ブレッシング・ジャパンが開催した「支援者のためのレクチャー&ワークショップ」。
私たちが気仙沼市での開催を目前に願っていたのは、気仙沼市で生活する皆さんの気持ちに少しでも寄り添いたいということでした。

震災を語り継ぐ-気仙沼トラウマの中の成長-

そこで東日本大震災の後、一般社団法人ボランティアステーションin気仙沼 代表理事として「語り部」の活動を行っている菊田忠衞さんを訪ねました。
菊田さんは、気仙沼市でのワークショップ開催の実現のために、最初に相談にのって下さった方のお一人で、震災での教訓を次世代に伝えることが使命と人々に語り継いでいます。

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菊田さんは大地震が起きた時、自宅から5分程度のところにいました。
不思議と自宅という意識が起こらず、海岸沿いの会社に向かって車を走らせたそうです。
信号も動かない、会社付近では、地割れ、液状化、電柱が抜け
マンホールが浮かび水が湧き出て、間違いなく津波が来ると確信しました。

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会社に、誰も残っていないことを確認して自分も避難。
その時に見たさまざまな恐ろしい光景。
もみくちゃになりながら、
避難所を転々と家族を探してまわり、やっとのことで生きて奥様に会えました。

あれから5年、復興のための造成工事があちこちで進む気仙沼市。
「天災地変の前に自分たちはあまりに無力で、恐怖や喪失の悲惨を極め、心は絶望の淵に落ち込みました。
しかし、そんな中でも救いがあるとすれば、それは人の心なんです。
人は互いが支えあう力で強くなれます。
そして強い気持ちがなければ、これからの長い戦いを乗り切れないのです。」
菊田さんはそう語ってくれました。

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菊田さんは避難所で生活しながら、段ボールの切れ端につづっていた言葉を大切に語っています。
「忘れまい、忘れてはならない」
そんな思いを胸に「語り部」の活動を続けているのです。

今回の「支援者のためのレクチャー&ワークショップ」では、このようなフレーズもありました。
『あの時には戻れないかもしれないが、生きて新たに成長することができる。』
菊田さんは、自分の生きる意味を苦しみながら見つけ出したのではないでしょうか。

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私たちは菊田さんの案内で気仙沼市階上杉の下地区を訪ねました。
この地区には、震災前に作成されていたハザードマップにより一時避難場所に指定された高台がありました。
震災時、60人あまりの住民が避難しましたが、18mの津波にのみこまれ犠牲となりました。
杉の下地区の犠牲者だけでも93人。
階上地区全体の犠牲者数は208人。

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生き残った者として語り継がなければならない教訓があるという菊田さん。
そこに絶望だけでは終わらない、生きて証する人間の可能性がありました。

オペレーション・ブレッシング・ジャパンは支援する人たちを応援し続けていきます。

■東日本大震災 支援の窓口
支援</p> <p>のお願い

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